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== 真央 ==

真央 (71)号泣

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真央 (71)号泣

「ま、お、ちゃ、ん…」
ピッ
男の不気味な影が真央を覆うほど近寄ったとき小さな電子音がして、涙ににじんだ視界から突然男が消えて崩れ落ちる。

「ゴメン、恐かった?…」
かろうじて意識を保って立っていた真央が震えながら声のする方に目を向けると、開いたドアのまぶしい光の中にぼんやりと誰かが立っているのが見える。
「もう、大丈夫だから」
その声は紛れもなく沢村の声だった。涙が溜まった大きな目を見開いた真央は、ゆっくりと床に崩れ落ちた男に視線を向けると、もう一度声の主を見つめた。

「安心して…、ホント、おどかして、ゴメン」
真央の視線の動きにつられるように床に転がる自分のレプリカに目を向けた沢村は、柔和な表情で真央を抱きしめた。

「うっ…、うわあっ、ああっ、ああっ」
沢村の温かい腕で抱きしめられた真央は、たくましい胸に顔を埋めて軽くしゃくり上げると大声を上げて号泣しはじめた。

「ごめん…、ほんとに、もう大丈夫だから、安心して…」
沢村は泣きじゃくる真央のカラダを優しく抱えると、ベッドに座らせて横に座って肩を抱く。
「うっ、ううっ、わあっ、なんで、こんな、ひっ、イジワル、ううっ、するのよおっ」
ひとしきり大声を上げて泣いた真央は少し気が落ち着いたようで、沢村の胸をポカポカ殴りながら泣き声で責め立てる。

「ほんと、ゴメン…、でも、刺すとは、思わなかったから…」
泣きながらなじる真央に苦笑した沢村は、震える背中を優しくなでながら言い訳っぽいセリフを口にする。
「…、うっ、誰?…、ひっ、アレ」
沢村の腕の中で安心感を覚えた真央は癇癪がだいぶ治まったようで、アレの正体を問いただす。

「ずいぶん、汚れちゃったね、キレイな顔が台無しだ」
真央の質問には答えず、沢村は真央の顔を上げさせると赤い汚れを拭き取った。
「ひっ、血…」
赤く染まったハンカチを見た真央は、沢村にギュッと抱きついて顔を埋める。

「ああ、違うよ…、これはER(電気粘性流体)」
怯える真央に沢村は笑いを含んだ声で応える。

電気粘性流体はER流体(Electrorheological Fluid)とも呼ばれるアンドロイドの動力源に使われる、電圧の変化で粘性が変化する流体だ。簡単に言えば電圧がかかっていない状態では液体で、電圧がかかると固体に近い粘性を持つ物質である。アンドロイドの「筋肉」として機能するが、「血液」のように全身を循環して、エンジンオイルのように稼働中に発生する極小のゴミを回収洗浄する役目や、メンテナンスや軽微な損傷修復を担当するナノマシンを運ぶ役目も負っている。

真央が突き刺したハサミは人間の心臓に当たる循環装置の中枢を破壊して、アンドロイドを機能不全に陥らせた。真央が血だと思ったのは循環装置から吹き出した電圧のかかっていない液状のERだった。

通常は白や青に着色されるが、セクサロイドは人間に似せるために赤く着色される。赤いERはセクサロイドの白い肌をうっすらピンクに染める。また女性に対して暴力的に振る舞うことで倒錯した興奮を感じる一部の趣味の人たちは、刑罰に触れないサディステックなプレイをよりリアルにしてくれるため、大いに歓迎していた。

「…、それじゃ…」
アンドロイドが社会に浸透した2040年代に生きる真央は、その単語からすぐにアレの正体を理解した。沢村の余裕のある態度に小バカにされた気がした真央は、少し不機嫌になって沢村の柔和な表情を見つめていた。

真央 (72)につづく
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