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== 女医冴子 ==

女医冴子 (2)梨沙

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女医冴子 目次

女医冴子 (2)梨沙

「あの…、手が…、誰かの、手、が…」
そこまで言って少女は肩を震わせて嗚咽しはじめた。横にいた母親は辛そうに顔を伏せると少女の背中を優しくさする。父親は沈鬱な面持ちで溜息を漏らす。

少女の名前は田中梨沙。都内の女子校に通う高校2年だ。しかし先月から学校に行けなくなって毎日自分の部屋に閉じこもっていた。きっかけは通学電車で痴漢に遭ったことだった。それまで元気に学校に通っていた梨沙は、電車に乗るのが恐くなってそれ以来学校に行っていない。

そっとしておけばそのうち元気になって学校に行けるようになるだろう、と両親はしばらく見守っていた。しかし新学期が始まっても学校に行かないどころか、部屋から出てこなくなった梨沙をほっておくことが出来なくなった。

はじめは精神科に娘を行かせることをためらっていた両親だったが、自分たちではどうしようもないことを悟って、とうとう今日精神科に梨沙を連れてきた。

「いいのよ…、言いたくなければ、言わなくても」
少女の悲痛な嗚咽が冴子の耳に響いていた。すうっと息を吸いこんだ冴子は努めて平板な声を作って話しかける。16歳と書かれたカルテに目を落とした冴子は、まだ恋も知らないような無垢な少女が遭遇した辛い現実を思って泣きたくなる。

しかし涙は流さない。自分は医者なのだ。少女の辛い気持ちに共感して一緒に泣いてあげるコトが一時の慰めになっても、病状を改善することにはならないと知っているからだ。

両親が記入した問診票に梨沙の事情が簡単に書いてあった。しかし痴漢に遭ったことで彼女の心がどこに傷を負ったのかはわからない。それは梨沙本人から聞くしかない。

「お父さんとお母さんは、ちょっと待合室で待っていてくれますか」
梨沙の嗚咽が落ち着いてきた頃、冴子は両親に外に出るように告げた。母親は不安に怯える娘から離れがたく逡巡していたが、父親に背中を押されて診察室を出て行った。

両親を外に出したのは性犯罪がらみの心の傷は、男親はもちろん母親でさえ知られたくないのが普通だからだ。それに守ってくれる人がそばにいるコトに甘えて、自分の殻に閉じこもってしまうということもある。梨沙が心に受けた傷を知るには、その殻から出てきてもらう必要がある。

梨沙はだいぶ落ち着いたように見えた。両親が出て行ったことで逆に安心したようだ。恥ずかしい体験を近親者に知られることは、赤の他人に知られるよりもかえって負担が大きい場合が多い。

「梨沙は、犬が好き?…、それとも猫が好き?…」
「え…」
唐突な質問に梨沙は顔を上げた。カワイイ顔が涙に濡れて痛々しいが、冴子は優しい笑顔で見守っていた。

冴子はわざと呼び捨てにして問いかけた。さんやちゃんをつけずに名前を呼ぶのは、10才以上年長の冴子からすれば不自然ではないし、なにより心の距離を縮める。そしてとりあえず病状とは関係ない話をすることで、対話できる関係を築くコトが治療の第一歩だった。

「…、ネコ…」
想定外の質問にとまどいがちな仕草を見せていた梨沙だったが、優しい笑顔に誘われるように応えた。
「そう…、私も好きよ…、飼ってるの?」
応えてくれた梨沙に、冴子はうれしそうな笑顔で続ける。

「うん…」
梨沙のつぶらな瞳が冴子の心の奥を覗くようにじっと見つめていた。
「そう…、なんて名前?」
少女に見つめられた冴子は、照れたように笑いながらさらに続ける。

「太助…、よ」
綺麗なおねえさん、…。
優しい笑みを浮かべるおねえさんが梨沙は美人だと思った。それまで無表情だった梨沙は、「よ」の一言で唇のハシにかすかな笑みを浮かべていた。

「そう…、オスなのね…」
笑顔を見せてくれた梨沙になおさらうれしそうな冴子は、しばらくたわいない話を続けた。梨沙は冴子と話すのがだんだん楽しくなってきたようで、後半にはきちんと笑顔で返事をしてくれるようになった。

「あら、もう、時間になっちゃったわ…、ウフフッ」
笑顔でおしゃべりを続けていた冴子は、腕時計目を落とすと恥ずかしそうにつぶやいた。

「そうなの…、また来てもいい?」
その言葉に突き放された子供のように寂しそうな表情を見せた梨沙だったが、すがるような目になって問いかけた。

「もちろんよ、いつがいい?」
「明日」
すっかり心を許してくれた梨沙にニッコリ笑って聞くと、梨沙が即答して冴子はビックリしたような笑顔を見せた。

「明日はもうスケジュールが決まってるの…、じゃあ、病院が終わってから外で会わない」
PCのスケジューラーをチラ見した冴子は残念そうにつぶやいたが、すぐに笑顔になって応えた。

「ほんと、いいの?」
「もちろんよ」
顔をノゾキ込むように身を乗り出して聞き返す梨沙に、冴子はニッコリ笑って応えた。

女医冴子 (3) につづく
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