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== 千人斬りのチヒロ ==

千人斬りのチヒロ (1)フラれ女

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千人斬りのチヒロ 目次

千人斬りのチヒロ (1)フラれ女

「私、このギュウスジに誓うわっ、男たちがひれ伏す、世界一のいい女になって、アイツにゴメンなさいって、言わせてやるっ、ねっ、そうでしょっ、オジサンッ」

いつものごとくフラれたチヒロは、おでん屋台のオヤジ相手に一人酒をかっくらってクダを巻いていた。

好物のギュウスジ串を力のこもった手に捧げたチヒロは、酩酊して血走った目を異様に輝かせながら、恋の捲土重来を誓っていた。


チヒロは4大を卒業したあと、就職氷河期と言われた就活をなんとか切り抜け、中堅メーカーに就職して3年目になる。生真面目な性格で仕事を着実にこなす彼女の会社生活は、それなりに順調で上司の受けも悪くない。

しかしプライベートは順風満帆とはとても言えなかった。社会人になってからのチヒロは8連敗中だった。8回連続して男にフラれたということだ。というより早熟で多感な少女だったチヒロが恋に目覚めてからこのかた、フラれた記憶しかない。

フラれてばかりのチヒロだか、決して見た目が悪いわけではない。容姿端麗と言うほどではないが、普通に美人だし、モデル並みとは言わないが、スタイルだって悪くない。

死語だから気にしないと強がっても、やはりクリスマスケーキを引き合いに出される年齢は気になるし、未婚女性が増えていると口では言っても、結婚願望は人一倍ある。だから彼女の恋愛に対する態度はガツガツしてるとまでは言わないが、常に積極的だ。

彼女の場合、その性格がどうにも恋愛に向いていないのだ。普通の美人は男も声をかけやすいのか、チヒロにつきあっている相手がいないと知るとすぐに口説いてくる。しかしつきあい始めてチヒロの性格を知ると去っていく、の繰り返しだった。

チヒロは決して性格破綻者などではない。なにより致命的だったのはチヒロが正直者だったことだ。真っ直ぐな性格で正義感も強いチヒロは、男に媚びるために自分を欺くようなマネを毛嫌いして、男の前で良く見せようと繕う女たちを軽蔑していた。

重い、ウザイ、鬱陶しい、息苦しい、滅入る、しつこい、うるさい、屁理屈、へらず口、こざかしい、小生意気、自意識過剰、…。

チヒロをフッた男の捨てゼリフの数々だ。こんなにまであしざまに言われて、漁師結びにして天井から吊ったロープに首を通さなかったのは、チヒロが小生意気で自意識過剰の図々しい女だったからではなく、前向きな性格だったからだろう。

フラれたあとのチヒロは飲んだくれてクダを巻き、恋の捲土重来を誓って、新しい恋に突き進むのだ。


カズオ君、かわいかったな、…。

辟易したおでん屋のオヤジが相手をしてくれなくなって、回想モードに入った酔っぱらい女は、幼稚園の友達を思い出していた。

思えば、アレが初恋、だったのかも…、カズオ君…、私が、スキって、言ってくれたのよね…、でへへ…。

おかっぱにキレイに髪を切りそろえたお稚児さんのようなカズオを思い浮かべたチヒロは、つかのま酔芙蓉に例えてもよさそうな朱に染まったベッピンな横顔をみせたが、すぐに頬を緩めてだらしなく笑っていた。

千人斬りのチヒロ (2) につづく
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